カエルのカンタン ? 

昨日は冬と春の分かれ目の「立春
武漢の森」の紅梅も大寒の日から15日、そろそろ春の訪れも感ずる
 
新聞切抜きと本日の写真

3日は恒例の"別大毎日マラソン" 今年で62回というから随分歴史のある大会だ。
我ウォーカーズも毎年このマラソン大会の日をウォーキングの日と決め、ランナー達のコースともなっている別大国道を歩くことにしている。3年前まではおなじみ 大分銀行(特別協賛)の"へつだいウォーク"に参加していたが、最近は我儘ウォークの面々流で、アレンジしたウォーク+温泉+食事+αで楽しんでいる。

我々のスタートは9時、"へつだいウォーク"は田ノ浦を12時ということで、途中でスタート準備に出合うことになる。

東別府駅に集合、約7kmほどの別大国道を潮風にふかれながら(途中の田ノ浦ビーチでの休息)の湾岸コースを満喫し、ゴールは大分市神崎にある天然かけ流し温泉"天海の湯"ということに毎年している。

別府湾を一望にできる露天ぶろにつかり 気分は上々!

一風呂浴びたのち、高台にある"天海の湯"を下りてきたところがマラソンコースだ。
(絶妙のコース仕立てとなっている 自画自賛)

このウォーキングドキュメントについては、同行者GOさんのブログ「Himagine雑記」をお読みいただければ良く分かります。
http://d.hatena.ne.jp/go1940529/


「節分」の日 天海の湯でいただいた豆をポリポリ食べつつの観戦

ラソン応援の合間を縫って、「鳴門うどん」で昼食 天丼を注文

   

私の胃袋の半分以下のHさん、品書の写真に天丼を注文すると小さなうどんが付いてるのを見て、
“これいりません”店員は“いやこれは天丼を注文すると必ず付いてきます”と…… 
結局最後は残していた。

飯ものを頼んでもうどんは意地でも食べさせる 流石「鳴門うどん」である

“こりゃー天丼じゃなく、卵丼だろ!” Hさんどこまで本気?
(エビが小さく、はみ出たようなえび天のイメージがないのを見てのコメント)

余分なサービス? に怒っちゃダメ!です  なんせ399円なんだから


最後は 「西大分駅」にて解散

 西大分駅

カエルのカンタン

ホームに語呂合わせのポースター 流石に西大分駅だ! などと思いながら書き始めたが、ちょっと気になったので確認の意味でポスターの意味を聞いてみた。
“スゴカから定期券を簡単に買えます”とのこと。もともとスゴカそのものを知らないので話が全く解らず切った。

SUGOCA(スゴカ)は、九州旅客鉄道JR九州)が2009年(平成21年)3月1日から導入したサイバネ規格のICカード乗車券である。
キャラクター はロドニー・グリーンブラットのイラストによる「カエルくんと時計くんの組み合わせ」を採用している。ロゴは黒色で、「SUGOCA」のOの右側と続くCの色を白色に反転させ、「IC」カードであることを表している。
JR九州が2009年3月1日に導入した在来線用ICカード乗車券で、JRグループICカード乗車券としてはSuica東日本旅客鉄道JR東日本)、ICOCA西日本旅客鉄道JR西日本)、TOICA東海旅客鉄道JR東海)、Kitaca北海道旅客鉄道JR北海道)に次いで5番目。
SUGOCAとはSmart Urban GOing CArd の略称であり、「凄い」を意味する肥筑方言「凄か」にかけた名称でもある。CMなどでは「スッ!とゴー!でSUGOCA」といった表現も使われている。
発行枚数は導入約1ヶ月後の2009年4月5日に10万枚、2009年11月11日に20万枚、2011年3月23日に50万枚を突破し、2012年10月末には78万枚に達している。
などなどが ウィキペディアから知った。

私はかって栄えた「かんたん」という街の窓口としてこの駅があり、ウォーターフロントの一環としての町おこしに一役かったポースターとばかり思っていたが、全然違っていた。
つまり カエルのカンタン = 蘇える邯鄲(かんたん) ととっていたのだった。

邯鄲(かんたん)遊郭
かつてこの地は風光明媚で知られ,明治十七年(1884)にここに港が開かれてからはいっそうにぎわいを見せたという。
今わずかに残る建物によって,当時の邯鄲遊郭のにぎわいを偲ぶことができる。
大分市遊郭は大分港の西岸にあった。『全国遊郭案内』(昭和5年)によれば下記の通り。
大分港遊郭大分県大分市大分港町に在って、日豊本線西大分で下車すれば西北約5丁、電車は「かんたん」に下車すれば宜しい。大分市は九州東海岸唯一の市で県庁の所在地、元大友氏の城下町で、城址は今県庁、水産試験場、女学校等に成っている。檜物細工は此処の特産物に成って居る。港町からは笠結島が見えて景色は殊によい。遊郭には貸座敷が22軒あって、娼妓は190人居る。
この地は現在、生石港町という地名で、おそらく港整備のために埋め立てた土地なのであろう。整然とした町割で、海に向かう目抜き通りに面して大店が軒を連ねている。建物外観は全て伝統様式であるが、戦後赤として営業したため1階玄関周りはモザイクタイルの張られた洋風に設えている。今や空き地になった敷地も目立ってきているが、これだけ残っていれば町並みとしての評価は高い。
参考文献 「赤線跡を歩く2」木村聡 自由国民社

子供心に同級生のいたこの界隈が、何か謎めいて大人の世界だろうということを感じていたが、その後、昔の人からの話で遊郭として栄えていたことを聞いた。

大分にもこんな場所がまだ残っているということを知らない人も多い。 ‘風俗文化遺産’として取り上げたらどうか?


いつからか知らないがやたらと「恵方巻き」なるものが流行っている。(何年か前ブログにも書いたが)

太くて量があるので 毎度残す  小さくすると儲からないか!

今年の方位は南南東か  黙って食べよう!